劇団四季ミュージカル『ノートルダムの鐘』☆観劇(12/29)

厳粛なエンターテインメント。。。

劇団四季舞台『ノートルダムの鐘』のマチネを観劇。
2016年12月11日に、四季劇場「秋」で開幕した新作ミュージカルだ。
初日を開けて間もなくはまだ完成度が高くないけど、とりあえず観劇したい。

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すご~く久しぶりに行った、JR浜松町駅近くにある、四季劇場「春」と「秋」。
ロングランをしている「春」のライオンキングも、もうすぐ大井町へお引越しだ。

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久しぶりの「秋」劇場に入る。何て狭い劇場だろう、双眼鏡が要らない近さ。
そして、ステージは珍しいオープンセット、何か普通の演劇が始まるみたい。

ここにも書いたけど、1週間前に、海劇場で上演中の『アラジン』を観たばかり。
あまりにも違う、でもこれはこれで、すごいエンターテインメント作品だと思った。

『ノートルダムの鐘』というタイトルだと有名なディズニーの長編アニメをイメージしがちだが、ヴィクトル・ユゴーの原作「ノートルダム・ド・パリ」を原作に忠実に表現した舞台で、アニメとは結構趣が違うので、ちょっと、いや、かなりビックリした。子連れの観客も結構いたのだが、主題も表現も大人向けなので、幅広い客層にはなりそうもない。だが、今回劇団四季が上演するミュージカル版は、音楽はディズニー映画でもタッグを組んだアラン・メンケンが作曲を、スティーブン・シュワルツが作詞を担当しているので、歌われるミュージカルナンバーはどれも素晴らしく、そういう面では誰でも浸れる。

ステージセットは、床板がモノトーン、喋る石像達はグレーの羽織モノを着て表現し、ノートルダム大聖堂の鐘も燻金、唯一華やかになりそうなエスメラルダの衣装も深めの色合いで、何かこう、徹底的に色彩を排除している。実は、観劇前に見たグッズも結構渋めの色彩のモノばかり。なるほど、そういう趣向なのかと観劇後に納得した。

色彩を排除した世界観、物語は悲哀に満ち満ちている。
次々に歌われるミュージカルナンバーはマイナーコード。
それなのに、久しぶりに、舞台を観ながら鳥肌が立った。

ラストシーンの演出があまりにも強烈で、心が釘付けになった。
これがきっと、芸術表現が心に問うチカラなんだろうなと思った。

「醜さ」とは。「怪物」とは何で、何が「人間」なのか、という強烈な問い。
違いに“ハッ!”と気付く瞬間、何とも言えない衝撃が体を貫いて行く。

観る人に何かを残す舞台は、ただ底抜けに楽しい舞台とは違った良さがある。

ただ今回、あまりうるさいことは言いたくないけれど、フィーバス隊長役の人の歌が下手過ぎて音を外しまくっていたのが、これが劇団四季だけに残念だった。日本で量産されている知名度のあるタレントを配役するミュージカルにはそういうことが多々あり、その役者に会いに来ているのだからと我慢もするのだが、こと一流の歌い手を揃えており、キャストは当日発表で、誰が演じても常にハイレベルな歌唱を誇る四季ミュージカルだけに、これはどうしたことかと、開幕間もないとこんなこともあるのかと思いながら帰路に着いた。役者の中にも、歌・ダンス・演技と各々得意不得意があるのは知っているが、作品を損ねないくらいのレベルは保って頂きたいかなと思う。

内容的に客層を選ぶせいか、どうやら東京ではたったの6ヶ月間の上演。その後京都の劇場へ行き、2018年4月にKAATに戻って来るらしい。劇団四季のファンは全国にいるので、是非細々と全国巡業して欲しいかな。

こんな哀しくも美しいミュージカルがあってもいいかな、と思う。。。