Endless SHOCK 2011☆観劇(2/10)後編

そこにあなたがいるから、私は逢いに行く。。。

“前編”と称してしまったので、後編も書かなきゃね。
間に他のイベントが入ってしまって、気持ちがどっか行っちゃったよ。

帝国劇場開場100周年と言うことで、劇場外のお化粧はコレ。
来月また来たら、もう1年間はここに来る予定もないと思うから。

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歴史のある格式高い劇場と言うのは、やっぱり違う。
KAATはキレイだったけど、骨張った構造は、どうも落ち着かない。
剥き出しな骨組みとか、真っ赤な椅子は、人間の感性を妙に刺激する。
これから芸術鑑賞するにしては、余計なところに神経を使ってしまうのだ。

帝国劇場と日生劇場は、他の劇場とは何か違う落ち着きがある。
ただ、古い劇場は、座席の傾斜が少ないから、観劇するには観にくい。

古いものの良さと、新しいものの良さを、融合させた施設はないものか、と思う。


さて、私が観劇した翌日に、ステージフォトが発売になったらしい。
う~ん。。。別に、特に買うつもりもないのだが、ちょっと悔しい。
ちゃんとフォト発売ギリを狙って、申し込みをしたつもりだったのに。

グッズの種類は、縮小傾向。それは、コンサートでも言えるが。
M.A.D.のオリジナルフォトが、発売していた年もあったのになぁ~。
今年はバッグも買わなかった。ちゃんとトニコンのエコバッグ持参で(笑)
パンフレットはA4より大きめだから、何か大きめのバッグが必要だ。
内容はほとんど写真集。私には数ページしか必要ないが、観劇記念に購入。

ここでは、光一さんのことは書きませんので、興味のある方だけお進み下さい。



“Show must go on”。。。

例えば、金閣寺。
閉めようとしたウィスキーの蓋がぶっ飛んでしまって、再度閉めるのに時間をロスし、立ち位置を変える時間がなかったため、女は別の角度から男に抱きついた。
片付ける途中で、アルミの弁当箱をドンガラガッシャーンと落としてしまい、中のご飯(に見立てた、多分綿菓子か何か)をぶちまけてしまった黒子さんは、移動しながら少しずつ片付けて、運良く暗転した時に全てを消去した。

アクシデントを、アドリブで笑わせて片付けるのは比較的簡単だ。
如何にして観客に気付かれずに、さり気なく対処するかが問題なのだ。
シリアスな舞台ではそれが出来にくい。だから、瞬時に機転を利かせる。

何度も観ていると、観ているこっちがハラハラしてしまう場面だ。
SHOCKで取り上げているテーマは、観ていて思うよりずっと深い。


私は、空気が寸断する舞台は、あまり好みではない。
コメディーにしても、シリアスにしても、一定のリズムと空気がそこにある。
それが、最初から最後まで一貫していることに、心地良さを覚えるのだ。

昔のEndless SHOCKはそういう意味で、空気がわりと一貫していた。
最近は、空気やテンションのアップダウンの激しい舞台となっている。

当たり前のように毎年演じるが、再演と言うのは、とかく難しいもの。
同じものを求められているのか、変化を求められているのか、分からない。
いや、それは観に来る人各々で違うのだから、全てに応えることは出来ない。

ならば、どうするか。。。

自分の信じる道を突き進むしかないのだろうな。
それに、付いてくるかは、お客さん次第ということで。。。


変化が無い年に変化を求めていたのは自分だから、あれこれ言えないが。
ヒロインのミュージカル能力は、舞台の出来を大いに左右すると思われる。


そして、ツーシーズンめの内くん、お疲れ様です!
今年は、髪をバッサリ短くして、ウェーブかけて、なかなか男前です。
内くん、汗もかき過ぎだけど、泣き過ぎでした。気持ち入ってるのかな。

そう言えば、ひとは泣きながら歌えるのだということを知りました。
ZORROの島田さん、そして大塚さん、泣きながらしっかり歌うんです。
あれ、スゴイですよね。鼻すすりながら、音程寸分狂わず歌いきる。
あれには、ホント、感動しました。あ、関係ないですね、ここでは。


M.A.D.の小芝居は、本当に楽しいです!
でも、大体下手に松崎&こっしー、上手に雄大&福ちゃんなんです。
どっちかを見ることしか出来なくて、本当に残念。目が4つ欲しいくらい。

一番可愛かったのは、内くんのプレスリージャケットを借りて着る松崎が、袖から下がっているフリンジをいじって遊ぶところ。
あれ、毎回やっているのかなぁ。ホント、可愛かった。
千秋楽の時の脚立の上で、飛行機ぶんぶんやってたのは、福ちゃんかなぁ。
ブロードウェイに繰り出すところとか、リュック背負っちゃって、可愛いったら。
可愛いところがいっぱいあり過ぎて、思い出せないくらい(←忘れてる?)

M.A.D.には、いつまでも、カンパニーの一員であり続けて欲しい。
それは、未来を約束されている人には、当たり前のことかも知れないけれど。

私は、毎年、そこに彼らがいることに、安堵と感動で涙する。。。