not real...

何だかちょっと、物悲しい。。。

CDショップへ立ち寄ると、彼の歌声がよく流れている。
私は基本的に洋楽育ちなので、今でも彼の声はすぐ分かる。
別に特別好きだった訳でも、思い入れのある曲を持つ訳でもない。

ただ、妙に物悲しくて仕方がない。。。

きっと、自分の歴史の1頁の片隅に、彼の声が微かに刻まれているのだろう。


私は、小学校の頃、何十歳も年上のミュージシャンの歌声に恋をした。
好きになった時点で、いずれは彼を見送る日が来ることは分かっていた。
大人になってから、彼が来日する度に、コンサートへ足を運んだものだった。
歳をとり、歌声に伸びもなくなり、高音も出なくなり、ブレスも苦しそうだった。
こんな歌を聴かせるために来たのかと、腹立たしくやるせなくなったりもした。

最後に会ったのは、その後ジャニコンで足繁く通うことになった、横アリだった。
シンプルな360度の中央ステージで、どの方向のファンへも歌声を届けてくれた。
既に、悲しいほどに声が出なくなっていたけれど、思えばあれが最後の姿だった。

大好きな人の老いを目の当たりにするのは辛かったけれど、今思えば、そういう姿を見せていくことで、ファンに少なからず、いつか迎える日の準備をさせていたのかも知れない。

久しく来日しなくなり、そしてある日、彼の訃報を知った。
あの時、思っていたよりも淡々と、その事を受け止められた気がする。

生きていると、好きだったミュージシャン、好きだった俳優が、自分より先に世を去る。
その度に、自分の日記帳の片隅が切り取られるような、何とも言えない痛みを覚える。

自分を導いてくれた、自分を救ってくれた、自分を癒してくれた、そんな人たち。。。

今、浮き立つべき心を静かに沈ませる、そんな感傷が心のどこかにあるようだ。



どこかで生きていてメディアに出ないのと、この世に存在しなくなるのとは大きな違いだと、ある人が言った。
何年待っても来てくれない、もどかしくて悔しくて、歯がゆい思いをずっと持っていたりもしたけれど。
海の向こうのどこかで、好きな音楽をやっていてくれれば、それでもいいのかも知れない。

彼らの多くは、こだわって音楽をやっている。
グループ活動休止も、ソロ活動も、自分たちの意志だ。
商業主義に走らないミュージシャンもまた、かっこいい。
会いたいけれど、自分たちの音楽を貫いてくれるのもいい。

日本には未だ根強いファンがいて、日本のプロモーターはそれを狙って、かつて活躍していた様々なアーティストの再結成来日公演を実現させている。

今更?いくつなの?まだ歌えるの?・・・多少なりとも疑問には思う。
それでも、あの時会いに行って良かったと、そんな思い出が出来るのもいい。

青春時代を共に過ごした彼らの活躍を、老いゆく自分に重ね合わせて、
まだまだ行ける、まだまだやれる、人生これからだと思ってみるのもいい。


King of Pop...どうぞ、安らかに。。。